師範日誌

松栄塾の日々の活動、道場でのちょっとした出来事 映画情報、音楽情報、読書感想 観戦記を、 報告いたします  更新はなるべく毎日行うように 致します 教育とは魂の設計なり

国際武術総合空手道連盟と松栄塾の日々の活動をご報告致します また師範の武道教育の柱となっている「魂の設計」について 思うままに書き連ねております 松栄塾 塾生は必見 連絡等も行います.押忍

2008年02月

0fbba2da.JPG ・むかしむかしのことですが、
 「窓際族」ということばがあったのでした。
 会社の仕事の中心から外されて、
 してもしなくてもいいような仕事をあたえられ、
 窓際の、みんなに目立たない席に追いやられる。
 そういう人のことを、あわれみをこめて、
 「窓際族」と呼んでいたのだと思います。
 
 いまは、「窓際族」と呼ばれる人はいなくなりました。
 みんなが「窓際族」にならなくても
 よくなったのでしょうか。
 たぶん、なのですが、ちがいます。
 「窓際」に置いておくくらいなら、
 窓の外に行ってもらうほうがいい、
 ということになったのではないでしょうか。
 
・働く人が、仕事場で求められる水準は、
 あきらかに上がっていると思います。
 どう考えても、難しくなっています。
 できっこない次元の優秀さが、求めれている。
 本気で、いわゆる
 「優秀なビジネスマン」を目指したら、
 どこかが壊れるんじゃないかなぁ、と、
 ぼくなんかは思うのです。
 
 でも、正直、「優秀なビジネスマン」なんて、
 ぼくは、まだ会ったことがないです。
 そういうふうな言われ方をしてるらしい人は、
 いくらでもいるのですが、
 実際には、ぜんぜんつまんないです。
 すっごく吹かしてるだけだという気がします。
 
 ぼくが、ほんとうにすばらしいなと思える人は、
 自分や他人の「たいしたことない」ところを、
 よく知っていて、それをまず認めています。
 「たいしたことない人間」が、どうやったら、
 持っている力を発揮して、人を喜ばせることができるか?
 そんな視点で、仕事しているように思います。
 
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73ba79a8.jpg今日は、試合前ということあり
人数が少なく、ボランティア活動は休止した
六人で基本稽古をして、先週、最後の特訓に出られなかった
上村兄弟を中心に組手の稽古をした

二人ともサッカーの選手であり基礎体力は抜群なのであるが
いかんせん、組手の経験が少なすぎる
一時、河西勇輝くんが組手で勝てなくなり、スランプに
陥ったが、今は金曜日の選手クラスで鍛えられ先日のチャンピオンシップ
でも優勝した どれだけ才能があっても磨かなければ開花はしない

上村くん達が参加している水曜日はボランティア活動が中心で
土曜日は集中稽古 千脇先生が言っているとおり、
空手の稽古をしっかり、積んだ上での集中稽古でなければ
試合に勝つことは難しい

元より試合がすべてではないが負けるよりも
勝つことのほうが楽しいに決まっているし
出る以上悔いの残らない戦いをしてもらいたいのは
親心であろう

悔いを残さないとは、どういう事か

子供達に投げかけた

そして「日本で一番短い母への手紙」の一文を
話した

「若かりし頃、死んでしまえと言った
       あの日の自分を殺したい」
これを聞いて、少しでも世界が広がったならば
その子は後悔することの恐ろしさを知ったと思う

悲しみは、恐れることではない 時間が解決する
後悔は恐ろしい 時と共に募るからと気づいた
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83896dde.gif今日は少年部選手クラス体力強化 いつもならスクワット千回とか腕立て五百回
腹筋二千回などという、恐怖の体力強化訓練を行っているのだが、
今週末、MACのジャパンカップという試合に選手11名が参加するので
集中法トレーニングを行った 立つ座るという簡単な動作にも動きの
無駄を除き気を切らないために集中力を持続する荒行である

体力を使った稽古ではないので、体の大きさは全く関係ない
生まれ持っている運動神経も格闘的才能も、この訓練には
無意味になる 選手クラス20名を数分訓練して驚くことに気づいた

基本稽古は
…匹て佑(前屈立ち 中段突き)を気合いなしで
繰り返す
△修隆屐一点を見つめ集中し目線を動かさない
F佑に対して気を出し続ける の3点にすぎない

20名というかなり多くの子供たちで行うと
目線が動いたりバランスを維持できないなど
集中力が切れ始める

そのときに…

帯の下の初級者は、始めた時にはすごい集中力を発揮する
むしろ黒帯や茶帯の上級者よりも集中している
時間が経つにつれ、この状況は逆転する
最初、あれほど集中していたのに黄色帯ぐらいまでの
子供たちは、だれ始める
目線が落ちる 眼球が動く バランスが崩れる
動きの中のリズムが取れなくなる

反して上級のメンバーは時間が経つほど深く集中していく
30分動くとその違いは明らかであった

キャリアの違いなのか、帯が持つ魔力なのか
このコントラストは恐ろしいほどであった
さらには、一度、集中に入ってしまった上級者は
疲れを全く感じていない だれない ぶれない 疲れない
この差は勉強や生活に現れたら、どれほどの差になるのか
武道の持つ二次元的な力の凄さを垣間見た気がした

終了後、感想を聞いてみると、やはり初級の子は相当疲れていた
強さというのは、体力+精神力そして集中力であろう
そして、それを維持できる力
継続は力のもう一つの面を見たような
きずきであった
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fc3540a1.jpg今日は少年部K−1チャレンジクラス
一週間で一回だけの少年キックボクシングクラス
殆どのメンバーがキックパンツにTシャツで稽古をしている
そこで、ふと考えた

「なぜ、空手着を着ているのだろう?」

かつて空手を始めたとき(もう40年以上前だ)
その当時の先生、小岩駅区役所通りの正晃館道場の鈴木正晃先生は
「空手着の白は白装束の白である つまり、いつ死んでも構わない
という武道的決意の表れを示している」と教えてくれた
ところが、その先生は剛柔流の先生だったので、黒色の空手着を着ていた
黒色の空手着に黒帯を巻くと全身真っ黒でカラスみたいだと思い
絶対、黒の道着は着たくないと思ってしまった。

今、思えば子供に「死ぬ気で習え」と教えていたのだから
すごい話だと思うが、もし本当に稽古中、人が死んだら
道場は絶対潰れるだろうし、「死ぬ気で習え」と今言って
「押忍!!」と言って続けるのは、空手バカ一代の宇野師範代と
押忍 押忍 押忍の河野指導員ぐらいだろうと本気で思ってしまう。

死なないために護身術習っているのに、「死ぬ気でいけ」というのは
やはり、現代では通用しないのではないか。

ならば、なぜ空手着を着るのか、自分なりに考えてみたのだが
一つには、同じ着物を着用する事によって連帯感が生まれるという
事実、道着の中で1人でもTシャツの子がいると、何となく、みんなと
呼吸が合っていない そう、この呼吸が合わないというのは、チームレッスン
になっている現代の習い事では、致命的な欠点になってしまう
連帯感が持てない子供は、孤立し稽古がつまらなくなり辞めてしまう
そして、悲しいかな、その原因は親が勝手にルールをねじ曲げる事から
始まっている 先日、千脇先生が見えたとき
「松栄塾の素晴らしさは、お母さんが稽古中いないところだ
他のスポーツはお母さんが入ってきて、空気を変えてしまう
子供達の連帯感は、ちょっとした事で壊れてしまう」と述べられた
道着を着て帯をきちんと締めるところから、通常と違う、異空間は
始まっている その雰囲気の中でこそ精神と肉体は鍛えられ、
殴ったり蹴ったりの格闘技に子供達が歯を食いしばって鍛錬できるのだと
思う。
もう一つはかなり現実的な事であるが
「自分の行動の選択可能性を縮減し、行動の予期を安定させる力」
を、考えた つまりスポーツクラブで運動をしようと思えば、その日の
運動スタイルを考えなければならない 時にはファションにもこだわらなければ
ならないし、機能性も考えなければいけない、選択の可能性がない
(道着しか着れない)と言うことは、むしろ自由なのである
「今日、空手で何を着ようか」と悩む、行動の予期を安定させ
もっとも機能的な姿が道着だと説明すれば皆、納得するのではないだろうか
考えて見れば、作業着や僧侶の袈裟もそうであろう
余計な所にエネルギーを使わず、シンプルに稽古だけに集中する事の
出来る空手着 毎日の仕事に着を着られる自分は本当に幸せ者だと
気づいた。
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6d672b93.JPG今日はキッズクラス 一週間の中での
一番、ほのぼのとした気持ちになれる少年クラスだ
来ている子供たちは、ほとんどが4歳5歳6歳児たち
道場が出来たときに、まだ、生まれてもいなかった
幼児の空手家 思えば松栄塾もまだ7歳
小学校1年生である これから様々な事を学び
成長していく過程にあることは、言うまでもない

キッズクラスは空手の基本とゲームで構成されている
一時間の中に「人と触れ合って成長する」と
「楽しみながら体を動かす喜びを自然に覚えていく」の
2点が目的にされて行っている

基本が終わり その次にやるのは

「ハンカチ落とし」

これがただのハンカチ落としではなく
鬼に捕まってしまい便所(円の中)に入ったら
ずっーと腹筋をしなければならないリアル鬼ごっこだ

そしてだるまさんが転んだならぬ「空手さんがころんだ」
後ろ向きの鬼が「からてさんがころんだ」という間に
空手の型のポーズを取って静止状態になる 動くとアウト
鬼に捕まって拳立ての罰ゲーム
これを幼児が楽しそうにやっている
将来、どんな素敵な子供に育つのだろうとわくわくしてる

2つの遊技は日本古来から伝わる庶民の遊びだった
今はほとんど、やっているのを見かけないが、
自分が子供の頃は、そのほかにも缶蹴りや鬼ごっこ
など、体を使ってまさに体当たりで友達と遊んだ
転んで泣いて怪我もしたけれど、その中で友達との関係
人間のふれあいの大切さを学んできた

今みたいに、本物そっくりなCGのゲームや
パソコン、携帯電話なんか、なかったが
友達と全力で遊ぶ中で大切な事を学んできたのでは
ないだろうか?

小学校では、パソコンが必須授業になるらしい
モニターに映ったバーチャル世界より
もっと大切なことを教えなければいけないのでは、と思う
それは人と自分との関係や正しいコミュニケーションの取り方
だと思う

松栄塾キッズたちは、まさに体当たりで
強く逞しく成長している
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25fb7c5c.jpg今日も食べました トマトとニンニクのスパゲティー 家の下にあるので週二回は食べます
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3
4fd5c631.jpg昨日の一般部は、盛大であった
河野指導員の懇切丁寧な指導のおかげで
火曜日クラスが赤松師範の行っていた当時を
彷彿させる盛り上がりを見せている

今日の参加者は

新星の高校生 荻原くん
4月の大会を目指す 梶田さん
新黒帯 戦う東大生 長谷川くん
新しい風を巻き起こせ ずけらんさん
基礎体力抜群の新人 工藤くんと青山くん
戦う一流サラリーマン 森山さん
いつでも暇です 重松 治等々
多彩な顔ぶれで行っていた
一般部の目標としては常時10名〜15名の
参加者を毎日、作ることと考えている

不況の最中、趣味の為に時間を使うのは
年々、難しくなっている
仕事のため、就職試験の為、転勤の為
様々な理由で修行を断念した人が、この七年間で
百名は越している

一般部はどこの道場も厳しく少年と女子だけを
絞って稽古している道場も少なくない

そうした中で一般部が様々な理由に負けない魅力ある
道場にするためには

1,生涯武道としての総合空手を確立する
「健康や護身と言った生涯一大切なものを守りえる武道」
2,各自の目的にあった稽古、目標を提示する
「若き戦士は大会、中高年はメタボ対策 女子はダイエット」
3、各曜日の指導者を中心として核を作っていく
「宴グループ 健康空手グループ 組手研究グループ等」
以上の三点が重要かと思われる いずれにしても
キーワードは「楽しさ」「感動」「成長」であろう
その為にも指導員の成長こそが成功の鍵だと思われる
さらに、その為にも自身が今以上に成長しなければ
行けないと心から気づいた。
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1ab26b00.jpg久しぶりに(半年?)小野知沙子選手から
電話が合った

いよいよ、寿引退か?
何かと引退騒ぎの多い松栄塾
女子最強戦士もかと思いきや

「選手で復活します」

それも 極真会遺族派(宗家)の全日本で

今までこれなかった理由は、愛犬の総次郎ちゃんが
病気に掛かり、少しでも一緒に居たかったというのと
選手として一区切りをつけたかったということである

一人暮らしの知沙子にとって愛犬は家族も同然
10年ぐらいしか生きられない犬の7歳は
人間の俺よりも年上らしい
一緒に居たい気持ちは、痛いほどわかる

この半年、空手のない生活を送って彼女なりに
いろいろ、考えた 20代の最初から選手として
期待され、人類最強の女といわれるブルガリアの
ベロニカと死闘を繰り広げたり、全日本常連の選手たちと
戦い抜いてきたことは、松栄塾の歴史に残ることは
間違いない 後は「武道としての空手」を彼女がどう自分の
人生にフィードバックできるかということが、大切なのではないだろうか
と話をした

総次郎の調子もだいぶ良くなり、自分自身にけじめを着けるためにも
今回の試合挑戦を決意したらしい
指導担当には松栄塾開設に多大な貢献をしていただいた
稲垣師範が担当してもらえるらしい
彼女は本当に運がいい

6月1日 松栄塾の空手の真実を他流派の舞台で
きっちりと証明して、くれることだろう。
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3
f4e818d4.jpg毎日、ブログを更新しようと年頭に決意したのに関わらず
書き続けることが出来ない 自分を本気で反省した
今日より新たに決意して毎日の気づきを書いていこうと思う

本日の気づき

日曜日の朝から熱っぽくふらふらするので、測ってみると
なんと、38度8分 9度になると脳みそが溶けると誰かが言っていたが
雲の上を歩いているようだ や、やばい 明日指導出来るだろうか

自分は毎日、少年に空手を指導するのがメインの仕事なので
休む事は許されない 一昨年 悪知識(付き合うことにより自らが
堕落する悪友の別名 悪縁ともいう)の為に少年クラスを欠席していた
気がつくと優秀な少年達が一人また一人と消えていった
昨年からは少年指導は生命線と考え命がけで指導していこうと決意している

一年に一度ぐらい休んでも仕方がないのでは・・・
その考えを覆すのが今年の課題 そして行ったのが「祈り」
熱のせいでボーとする頭で「明日までに必ず直す」祈るような気持ちで念ずる
祈りを続けていくと不思議なことが起きた
月曜日に参加している少年達の顔が浮かんでは消えた
あの子もこの子もこちらは毎日行っている稽古だが、週2回楽しみにしている
子供達が居る 何の取り柄もなく人を殴って蹴って倒すだけの先生を慕い
強くなる事を願い寒い中通っている少年達
一人一人の顔が思い浮かんで消えたとき
熱もきれいに消えていた

人間の身体は不思議なものだ

気が病むと書いて病気 どのように気を出していくかが
大切なことだと気づいた

本当の武道とは一生健康で元気に生き切れる事なのでは
ないかと、最近思う。
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9dc95cfd.jpg少年空手選手 高橋考士朗一般 キッククラスで復活
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