師範日誌

松栄塾の日々の活動、道場でのちょっとした出来事 映画情報、音楽情報、読書感想 観戦記を、 報告いたします  更新はなるべく毎日行うように 致します 教育とは魂の設計なり

国際武術総合空手道連盟と松栄塾の日々の活動をご報告致します また師範の武道教育の柱となっている「魂の設計」について 思うままに書き連ねております 松栄塾 塾生は必見 連絡等も行います.押忍

2008年07月

日経関係のページにインタビューが
載っています
参考までに・・・

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/soumu/rensai/india2.cfm?p=1
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1c4630e7.JPG合宿では海で稽古をしたとき 海水に入って蹴りをしました
すごく大変だったけれど修行をして強くなったと感じました。
山稽古をしたとき、鋸山に上ったとき とても辛かったです
でもみんなで団結して一生に残る思い出を作れたと思います

                     M.Yくん三年生

合宿に参加して苦しかった事は鋸山に登ったことです
途中、熱中症みたいになってしまいました。
でもお弁当を食べたらすぐ元気になりました。岩井海岸で
花火をしたときとても楽しくずっとこの仲間達といたいと思いました。
清澄寺の千段上りでは自分の限界を超えた気がします。次は
山に行きたいです。
                     S.Sくん二年生
山は苦しかったけれどドンドン歩いていくといろんなものがあって
上に登ると気持ちよくて楽しかった。
花火をもっとやりたかった。
海の稽古は砂浜で型をやったのは初めてで楽しかった。
その後みんなで遊んでうれしかった。
班長はとてもやさしくてかっこよかった。
いつか、僕も班長になりたいです。
お寺の階段はきつくてたいへんだったけれど、21段できてうれしかった
すこしだけ、強くなった。
                     S.Rくん幼稚園
海稽古で海に向かって突きや蹴りをしたとき波が来て
しょっぱかったけれど足がとても鍛えられました。
山登り自体は大丈夫だったケド水が無くなってしまい
熱中症になるかとおもったケド最後に入ったお風呂がとても
気持ちよくて頑張ったかいがあったなぁーーーと思います
ケド 安いからってなんか変 いそうな所は正直怖いですので
避けてください  ケド楽しかったです。
                     N.Aさん六年生
僕は楽しみにしていた合宿で自分のことは自分でやるということを
良く学びました 僕が死ぬほど頑張った山登りは水もなくなったし
足もクタクタでした。でも最後まであきらめずやり抜くことを
学びました。最後の日にバスに酔ってしまいましたが、地獄登りで
1600回やりました?次は手こぎボートがやりたいです

                     N.Sくん三年生

僕はヒルに刺されなかったけど師範が刺されたので心配でした
4100段、階段に登れてうれしかった。
次は100回登りに挑戦したいです。山に登ったとき水が無くなって
友達がくれました 友達は大切だと思いました。
海での稽古は楽しかったです また来年も行きたいです。

                     O.Yくん一年生
僕が一番強くなったと思う練習は107段の階段登りです
2年前は15週 1年前は38週 今年は41週できました。うれしかったです
登山は階段がきつかったけれど楽しく上れました。
来年はプールに行きたいです。

                      S.Tくん四年生
以上現在提出分

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伝統の夏季合宿もいよいよ最終日を迎えました。
前日、最後の講習会ではバガボンド最初の見せ場
宝蔵院 胤瞬との死闘が描かれています
その死闘の末、胤瞬は過去のトラウマになっている記憶を
蘇らせます、少年時代自分が見ている前で両親が殺される
その日よりすべての記憶を忘れてしまった少年時代の胤瞬こと
慎之介は命の奪い合いの末、記憶を思い返します。
過去の記憶を消すためには、どうしても経験しなければならなかった
命の奪い合い 戦いは引き分けとなるがその経験でトラウマを消すことになる
胤瞬は「一人ではない」ことを、実感し涙を流す。
武蔵と別れ際、「再び会おう、今度は命を奪い合うことなく」と話します

命がけで戦ったもの同士の友情 思えばろくに喧嘩もできない
現代において本当の友情など育ちようがありません。
自らの技と技術のすべてをぶつけ合う仕合
戦いの意味と本質を学びあいました。

午前中、海で最後の稽古を行い時間いっぱいまで
リクレーションをしているとき、またしても艱難が起きました
ちょうど稽古をしていた海岸でウニが大量発生しており
数人の子供が足にウニの棘を指してしまいました。
特に鈴木茜隊長は深い部分に4本も刺さり白旗看護師さんに
緊急治療をしてもらいました。
思えば本当に試練あふれる鍛えの合宿でした。

海から上がり昼食を食べた後、最後の稽古 清澄山 清澄寺に
向かいました さすがの前日の疲れもありバス酔いする子供が
続出しましたが、大山倍達総裁の碑の前で正拳突きを行い
千年杉と対話して百九段の階段のぼりに挑戦しました。

前日の疲れもあるので無理をしないようにと言ったにも
関わらず、ほとんどの隊員が昨年の記録を破る限界挑戦の
戦いをやりきりました。
初めて挑戦した丸尾婦人部長も楽々と30周をこなす
(往復六千段)快挙を成し遂げました。

一人ひとりが自己の限界を打ち破り、逞しく成長できた
世界一苦しく楽しい夏季合宿でした。

重ねて後方支援をしてくれた 田島副会長 婦人部長始め
お母さん方、厳しい稽古をしながら千枚の写真を記録してくれました
森山指導員本当にありがとうございました。
皆様こそ陰の功労者であり合宿成功の立役者でした。

また、2日目終了と共に「サスケ」参加のため早退した敦史塾長を
緑山スタジオまで送迎してくださいました西川応援団長 福山さん
市川さん 鈴木さん 秋葉さん、お疲れ様でした ありがとうございました
いつの日か敦史塾長がサスケを制覇したとき、皆様こそ功労者です。

夏のイベント第1弾が終了し第2弾は8月3日(日)マッスルパーク
「サスケ挑戦者」募集 午後1時本部道場集合です。
熱く鍛えの思い出を共々に作って参りましょう。

  追記
合宿の写真が道場入り口に置いてあります
希望の方は写真の隣に名前を記入ください。
焼き増しを致します  一枚50円です
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9aea8fe5.jpg気のクラス 参加者元木のみ 期せずしてプライベートレッスンを受ける
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28244476.jpg合宿2日目 今日はいよいよ合宿最大試練 鋸山頂上制覇訓練
7時に起床しB棟一階食堂で朝食を取る ご飯と味噌汁 少量の漬け物と
塩鮭それとキャベツの千切りの粗食 隊員達は文句の一つも言わず(言えず?)
黙々と食事をしました。飽食の時代、我々の周りにはいくらでも食べ物があります
昨日の講義で鈴木 茜隊長に「もし世界が100人の村だったら」というメール本を
読んでもらいました。アフリカでは1時間に6000人の飢餓死者が出ているそうです。
合宿で粗食を食べるたび自分は二つのことを思い出します、一つは大山総裁が生前言っていた
山籠もりにおける最大の恐怖は飢える事だと言う事、現代人は飢えるなどといった経験はしようが
ありません、しかし、疑似体験はできます その為の鍛えの合宿でもあります。
少ないおかずでご飯を食べる 日頃如何に自分たちは贅沢の限りを尽くしているのかを、
知らずに経験することになります。

もう一つは昨日、講義にも出てきた沢庵和尚の話です。
昔、とある大名が身体の不調を訴え沢庵に相談に来ました。
身体の調子が悪く食欲がない これはどうしたものであろうか?
沢庵和尚は生活の様々な様子を聞き快気させることを約束 大名に断食を勧めました。
2,3日が経ち、さすがに腹を減った大名が「沢庵何時になったら食事をさせてくれるのだ」と聞く
「今、しばらく我慢のほどを後ほど最高のご馳走をお出しします」と沢庵が言う。
さらに3日ほど経ち「もう、いい加減にせい沢庵、腹が減って死にそうだ」と大名が言う。
「いま、しばらくの我慢を」と沢庵 「もう限界じゃいつまでこの空腹を我慢すればよいのだ」
大名はフラフラになりながら和尚に聞く「ならば明日の朝、最高の料理を馳走いたします」と沢庵が
言うものだから大名は空腹で眠れない夜を過ごすのでした。
夜は側室をはべらかし、贅沢の限りを尽くしていた大名もさすがに打ちひしがれていたそうです。
翌朝、沢庵がどんなご馳走を振る舞ってくれるかと楽しみにしていた大名の前に置かれたのは、
真っ白なご飯と一切れのタクワンでした。「無、無礼者、何だ此の粗食は!」声を荒げて怒り出す大名
すかさず沢庵和尚は「まあ、そう言わずその沢庵を口に入れ良く咀嚼して味わいなさい」と言いました。
怒りに震えながらも大名はタクワンを口に入れ何度も噛みしめながら味わいました。
大名の身体の不調は贅沢な食事と(現代の病もその原因のほとんどが食事とストレスと言われています)
忘れていた食べ物の有り難さと、すっかり良くなった胃腸を思い出し沢庵和尚に心から感謝をし
食べ物を作ってくれている百姓に感謝の気持ちが持てる名大名になったと言う話でした。
長い引用になりましたが、要するに贅沢は万病の元であり、こういう機会に好きな物が食せることに
感謝の気持ちを持たなければいけないと言う事を、みんなが学ぶことになりました。

内房線岩井駅から下りの電車に乗り一路、鋸山に向かいます。
金谷駅で降り保田方面の尾根から登山が始まりました。
登山口には、沢コースとハイキングコースに別れていましたが、今回は沢ガニ取りをしようと
決めていたので沢コースを選ぶことにしました。 結論から言うとこれは大変な選択であったのです。
沢コースは山歩きに慣れたトレッキングコースで鋸山の名称通り登り下りが激しい本格的な
登山コースです。登山後すぐに沢が出現し敦史塾長に探索に行かせると蟹がウジャウジャいるということで
急遽蟹取り合戦になり昆虫箱いっぱいの蟹が捕れました。山道では丸尾一真君がクワガタムシを見つけたり
大アゲハを発見したりと大はしゃぎでありましたが、笑ってられるのは今のうちだけだったのでした。

途中、人工のトンネルを潜るのだがその直前に何か動物が倒れていました 見ると猪の子供が二匹
原形をとどめて死んでいたのです。ふ、不吉な予感が、引き返そうと思ったが丸尾婦人部長が、あの高らかな
大笑いでドンドン進んでしまい後退するチャンスを失いました(笑)。
そこからは地獄の山登り 上がったと思ったら又下がるの繰り返し 頂上までは歯を食いしばって
頑張ろう 頂上に行けば売店ぐらいあるだろうという淡い期待はみんなの水筒の水と共に消えていったのでした。

ロープを伝わっての本格的なトレッキングを幼稚園児までがやってしまう最強軍団 松栄塾。
頂上にて食べ物もなく水も底をついてきたとき新たな団結が生まれました。
体力のある者がないものをおぶり、水の無くなった人には水を分け合って飲み始めました。
合宿で一番学びたかったこと「友情」「協力」「団結」「励まし合い」が一瞬に凝縮した時間です。
鋸山の頂上で「エイエイオー」というコールが響き渡りました。

携帯で連絡を取り田島副会長に水を運んでもらうことに、連絡をするとここからは小1時間掛かると言います
なんと、田島副会長、高級な革靴がダメになることを承知で反対側から頂上を目指しました。
それだけではありません来年70歳になる斉藤さんが、山登りなどしたことない板垣さんが小さな子供を抱えた
仲摩さんが「子供達に弁当を届ける」という執念だけで弁当の入ったダンボールを抱え、急勾配の階段を踏みしめて
上ってきたのです。田島さんから水を受け取った真由美さんは思わず泣いてしまったそうです。
午後3時になって、やっと弁当と合流 くたくたになった隊員達は世界一おいしいお握りを食べました。
それは松栄塾という名前の家族が苦難を乗り越え本当の意味で頂上にたどり着いた瞬間でした。
時間が押したため帰りはロープウェイで下山しそのまま近くの温泉に行きました。
ロープウェイから降りてくる子供達の輝いた顔を見て田島副会長は感動し泣いてしまったと言っていました。
予算には無かったのですが、仲摩さんから寄付金をいただき全員で温泉に入ることができました。
スタッフの皆様、本当にありがとうございました。        続く
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7b21e809.jpg夏期プライベートレッスン始まる 多くの少年を変えてきた実績から 成長させずにおくものかと言う怒声が轟く
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3d6c19b1.jpg2008年度 ご父兄の多大なるご協力の下、夏季合宿が無事終了しました。
今回はスタッフ13名、隊員33名の46名参加となり
今まで行っていた千葉九十九里から内房総に会場を変え
岩井海岸 三富荘に宿泊 岩井海岸と今回の最大行事 鋸山頂上登山を
行いました。
後援会副会長の田島先生が特別に自家用車を出して戴き荷物の運搬、人員の運搬
緊急の際の送迎から,すべて賄っていただき本当にご苦労をお掛けしました。
この場を借りてお礼を申し上げます。
19日 台風がまた近づいているという曇天の中、デオデオ前を観光バスが出発
一路、岩井海岸へと向かいました。
途中、市原パーキングで休憩をすると海や山へとバカンスを楽しむ親子連れで
ごった返しており本格的な夏の到来を感じました。

今回の合宿のテーマは
1,絶対無事故で世界一楽しい合宿
2,各自が三日間で限界に挑戦し自己の壁を破る
3,生活の中で自分革命を成し遂げる
の三点を「無事故」「各自成長」「自分革命」と課題しました。
結果を先に言ってしまうと大成功であったと思います。
合宿所に着くと同時に一回目の海稽古が岩井海岸で始まりました。
海水浴で賑わう観光客を横目に空手着に着替えた一際目立つ集団が
敦史塾長の掛け声の下、海岸を走り抜けました。
気温が上昇し熱中症対策が最大事だったのでスタッフの澄子先生チエ先生
仲摩先生に水と氷を準備して戴き二代の給水器からいつでも水分を取れるように
設置してもらいました。
初めて合宿に参加した隊員は先輩の隊員から伝統ある海稽古の意義を聞きながら
勇んで参加しましたが、不安定な砂場で蹴りを行う困難と曇りという天気予報を
覆す太陽の日差しに射されながらの稽古に全員が大粒の汗を流し続けました。
一回目の稽古の締めは平安気ら平安垢泙任侶燭魍ご澆嚢圓い修譴
監視員の人たちも珍しげに見守っていました。
合宿所に戻ると全員で空手着の洗濯です。
生まれて初めて洗濯をする隊員も多く日頃、お母さんがいかに大変な思いをして
空手着を洗ってくれているのかを学びました。
また、どうしても、がさばる空手着を洗えない隊員の為に班長が
洗うのを手伝い後輩の面倒を見ると言うことを学びました。
今回、一番成長したのは何と言っても10班ある各班長達でしょう。
集合時間に班員が遅れれば班長が怒鳴られ機会あるごとに班長会で
問題の提示を迫られ、その問題の解決のため悩み話し合って隊員達の勝手な
行動、仲間同士の喧嘩、自由行動を阻止してきました。
人のために苦労することが一番人間として成長することが班長達は
身をもって分かりました。

昼食のカレーライスを食べ午後は海でのリクレーションを行いました
各班に別れて海水浴や波遊びを行っているときもスタッフの人たちは
隊員の数を正確に数え不測の事態に備えていました。
遊び一つ取っても多くの人たちに見守られていることを隊員一人一人が
自覚し始めました。本当の団結は「思いやり」の中から生まれると言うことを
学びました。宿舎に戻り各班でディスカッションを行い自由時間には各班で
課題にしていた「型」も自主的に稽古をしていました。
今回の合宿で一番みんなに学んで欲しかったこと、それは「自分の頭で考える」
ということです。日本は長く鎖国をしていた島国のせいか未だに悪しき体質が
残っている国です。お上には逆らうな、寄らば大樹の陰、長いものには巻かれろ
赤信号みんなで渡れば怖くない的メンタリティからの脱却、それこそが未来に
生きる青少年の大切な自立条件だと思います。

夜は久しぶりにバーベキュー大会をやりました。
三台のバーベキュウセットに取り立ての野菜と牛豚羊の肉150人前をみんなで
囲み楽しい夕食と歓談を楽しみました。
食事をするのも大切な稽古です。自分の好きな物しか口に入れないで済む
現代っ子には合宿の「野菜が食えないなら何も食うな」という一言は強烈な試練
食べる事も戦いです。
食事が済んで第1回目の合宿講義をホールで行いました。
この日の為に用意したバガボンドの教材を広げ「剣聖 宮本武蔵」を原作とした
井上雄彦の「バガボンド」を学びます。一日目は「報恩感謝」と「生きる目的」
難しいテーマを少しでも分かりやすく皆が学べるよう漫画を見ながら講義を進めました。
小さい子には難しい話であったかも分かりません、しかし、子供はこちらに執念があれば
毛穴から話を理解する生き者です。眠たそうにしていた子もいましたが、真剣な眼差しで
聞いてくれた子も確かにいました。報恩感謝とは「親の恩」「師の恩」「主の恩」という
人生上切り離せない三つの恩を知り感謝の念を持つことによって人間として
正しき道を歩むと言うことを武蔵と沢庵和尚との関係から学びました。
また、武蔵が訳もなく殺傷を繰り返し「何の為に生きている」と自問するシーンを
みんなで考え生きている目的を考える事がすなわち武道の目的とリンクすることを
学びました。打たれ弱くすぐに自殺や人殺しをしてしまう現在社会、沢庵和尚の「闇を抱えて生きろ」
という一言には、その解決の糸口があるように思えて仕方ありません。

講義が終わり毎年、みんなが楽しみにしている肝試し行いました。
班長がお化けに扮して暗い夜道でみんなを脅かします。
肝を練る恰好チャンスである、田舎の暗い夜道、脅かそうと必死になる班長の
努力空しく、肝試しは不発に終わりましたが、終了後、宿泊者のいない部屋で
行った師範の怪談話は聞く者を震え上がれせ、深夜「あの話は本当ですか?」と
聞きに来る子供もいました、もちろん「嘘ぴょーん」と答えたのは言うまでもありません。
さすがに初日緊張したのか隊員達はテレビも電気も付けっぱなしで寝込んでしまい敦史塾長が
見回りに各部屋を回って初日は無事終了しました       続く
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c6346e5d.jpg朝最後の稽古 松栄塾戦士の気合いが轟く
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acd093b7.jpg鋸山頂上制覇し仲摩さんのご配慮で温泉に行きました無事 二日目も終了しました 無事故です
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2aedaadc.jpg(;゜д゜)大人でも厳しい鋸山 頂上を制覇
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