師範日誌

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国際武術総合空手道連盟と松栄塾の日々の活動をご報告致します また師範の武道教育の柱となっている「魂の設計」について 思うままに書き連ねております 松栄塾 塾生は必見 連絡等も行います.押忍

2010年03月

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前回までは昭和の武蔵論について書いてみたが、いずれにしても吉川英治の宮本武蔵が大衆小説になる
以前と以降では明らかに武蔵の評価が変わったこととなります。
しかし、直木三十五はなぜ故に武蔵が弱いと決めつけたのであろうか?
一つには五輪書における武蔵の明らかに剣聖達とは違った論理の展開があったからであろうと考えられます。
武蔵は剣術を「大工仕事」に喩えて展開をします。
「一流の大工は仕事に入る前、必ず道具の手入れを怠らない」
「仕事に応じて使う道具を変えるのは一流の大工の常套手段だ」
そのような理論が水の巻では様々な角度から展開されます。
直木はまずこれが、気にくわなかった、武士の魂である刀を大工道具に喩えるとは何事かと
また人を切る剣術には深い哲学と理論がなければならない。剣聖「上泉伊勢ノ上」などは
「無刀」と称して我が剣術は天と地と一つ、故に剣はいらないのですとまで喝破している。
しかるに武蔵は武士の魂を単なる大工道具、人を切るための道具と思っている、そんな者が
剣聖であるはずがないと結論しました。
この論理には私たち空手を志してきた者が必ず一度は通り抜けるジレンマが見え隠れします。
自分がフルコンタクトの空手を始めたとき世間では「極真会」を「暴力空手」「喧嘩空手」と
批判し「空手は一撃必殺だから直接加撃制の試合など行ったら死亡者が続出する」と言われました。
それは明らかに「型」と「基本稽古」だけを繰り返し実践制をなくした「舞踊空手」の戯れ言でした。
事実、現在の少年空手の競技人口を見れば明らかに寸止め空手を越えているし、その為フルコンタクトに
寝返る空手団体が後を絶ちません、なかにはフルコンタクトだか寸止めだか分からないルールまで現れています。
昭和の40年代に「空手は決して弱くない」と立ち上がったのは言うまでもなく直接加撃制の極真会館です。
「武術」を持ち出し倒すルールを否定した団体(武術なのだからルールがあるのはおかしいなどという団体も含め)
は、自ら剣など握ったこともないのに「武蔵など弱かった」と嘯く
歴史小説家の戯れ言と同じではないでしょうか。
今までの「五輪書」解説本はほとんど、命のやりとりをしたことがない、
理論家達の展開する五輪書であったように思います。
その中で唯一、その真意を汲み戦いに勝つための執念に変えていった男こそが極真会空手創始者、大山倍達総裁で
あったのでしょう。武蔵は言います「私が六十数度、真剣勝負に望み一度も負けたことがなかったのは、偏に道具の
使い方に長け、その創意工夫を考え続け、なおかつ他の人よりも手先が器用であったからだ」と
戦後の間もなくパワートレーニングをいち早く取り入れ、人のみならず牛や熊とまで戦った大山総裁は真実の強さを
求めてやまなかった。言葉に装飾される難しい理論や講釈ではなく現実的に人間を倒すための手段と器量を徹底的に
五輪書から学んだのではないかと考えられます。
それは武蔵が余り恵まれない人生の最期を迎えたことも含めて人生の指針にしていったのでは、とすら考えてしまうのです。
武蔵の兵法は何流も学ばず、何者も師とせずにやってのけた少年期のいくつかの撲殺から始まっています。
大山総裁の空手も、実は戦後まもなくGHQから弱き人たちを守る実践から始まっていると言われています。
学ばずに実践の格闘から体系を立てた兵法者としては、とても似通っていると考えられます。
当時(武蔵在命)、各流派は複雑精妙なる太刀数を誇っていましたが、それらを誇示したのは営業上の宣伝であり
柳生但馬守も「すべての構え、組太刀は無用のもの」と言っています。
一撃必殺、秘伝、伝家の宝刀などの言葉に飾られた当時の空手界に革命を起こしたのが、現在のフルコンタクト空手であります。
故にその原点(五輪書)を学ぶことは、新世紀に相応しい新しい空手像を創作する上で、とても大切なことではないかと思います。
                    つづく
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今年、塾としては初の試合となる極真宗家 チャレンジカップに参加した
初めての参加であるが型のレベルがとても高くこのままでは適わないなと感じた
結果、3名優勝1名準優勝でまずまずの成績であったと思うが、一点残念な取りこぼしがあった
それは参加した誰もが疑わない佐藤 天が優勝を逃したことである。
天は非常に真面目に稽古に参加しているだけに残念としか言いようがない。
率直な感想を述べるとやはり競技である以上、勝ち負けは仕方がないことであるが
あれほど集中力が鍛えられていても「暴力」の力に屈することもあるという事実だ
決勝戦で当たった相手は154センチ57キロの巨漢 まだ空手を始めたばかりだと分かるかのように
顔面パンチを繰り返した、結局、捌ききれず力で押された敗北であった。
どんなに精神力を磨いても体力、技術を磨かなければ「ケンカ空手」で勝つことは難しい
その現実を学んだだけでも天は良かったのであろう
いみじくも三宅 進最高顧問が閉会式で言った「負けるが勝ち」の言葉の意味を噛みしめることであろう。組手の部

幼年
優勝 野田 翔太 準優勝 奥谷凜太郎 第三位 山上 礼翔 第四位 今井 裕太

小学1年生
優勝 佐伯 侑馬 準優勝 和田悠太郎 第三位 坂本 拓己 第四位 岩切 寿駿

小学2年生
優勝 岩崎 我門 準優勝 斎藤 太陽 第三位 日下部翔大 第四位 宮脇 茂夫

小学3年生
優勝 内村 隆元 準優勝 折笠 滉太 第三位 手塚丈一郎 第四位 高橋 慶成

小学4年生
優勝 新田 秀祐 準優勝 星名 祥吾 第三位 小川 真央 第四位 稲葉 竜世

小学5年生
優勝 石井 大成 準優勝 佐藤  天 第三位 門脇 湧大 第四位 木村 優希

小学6年生
優勝 阿久津航平 準優勝 安部 拓海

中学生男子
優勝 堀江 武人

一般女子
優勝 伊藤 円香

壮年
優勝 内田 清隆 準優勝 西田 直人

一般初級
優勝 中城  毅  準優勝 花輪雄太郎 第三位 柳  一輝 第四位 加藤 太千
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連盟の役員の皆様で大山喜久子代表と記念撮影をしました
大山代表はとてもチャーミングで素敵な方でした
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d1ec7606.jpg岩崎がもん 新田秀介 堀江武人
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47b74577.jpgチャレンジカップに来ています
型は全滅 組手は凛斗 栄吾 天と勝ち続いています
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長年、松栄塾で修行を重ねてきた西川 起 新兄弟と鈴木 大輝 雄太兄弟が中学校進学のため
松栄塾を卒業することとなった。

様々な空手の先生達が書き綴っているブログを見ると進級や進学で空手を止めてしまうのは
残念な事であり親の独断が原因などと書いているが自分はそうは思わない。
確かに中途半端で止めてしまうのでは、何の為に武道の修行をしたのかわからないと思うが
まがいなりにも黒帯まで頑張り、他の道を見つけたのならば、それはそれで良いのではないかと思う
大半の少年達が空手を生業にするわけでもなくプロの格闘家になるわけでもない以上
空手を学ぶ本当の意味をしっかり指導者が掘り下げながら修行の道を指し示さなければ、このまだまだマイナーな武術が時代に取り残されるのは目に見えているのではないだろうか。

特に西川 起くんは大変なハンデを持って空手の修行に励んでいた
自らの宿命と戦いながら稽古に励む姿は時として保護者のお母さん達の涙さえ誘う物であった
それを陰で支え心を鬼にして背中を押したご両親の心労はいかばかりであったであろうか
弟の新くんと違い組手の試合では、ほとんど成果を残せなかったが、たつるは間違いなく
自分の胸に金メダルを掲げて卒業したと確信している。

卒業シーズンにまた優秀な人材を失うのは心痛いことではあるが
今日又宿命と戦う二人のお母様から話を伺った。
新たなる覚悟と決意で武道空手が少年達の胸に確かな歴史を残すことを目標に
頑張って参りたいと深く決意した。
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a82bf98f.jpg本日から宮本武蔵、五輪書に学ぶと題して「武蔵 五輪書の世界」を書いて参ります
思えば今年に入り、一般部の稽古に参加して一番感じるのは「なぜ、空手の稽古をするのだろう」と
いう疑問でした 40年以上稽古を行い何を今更と言われそうですが、空手を生業とし生涯貫こうとする
修行である以上、50の境にもう一度自分の稽古姿勢を見つめ直そうとの心掛けから「五輪書」を再読しました。現在、空手の師と呼べる人は倉本塾の倉本成春先生だけですが、過去の遺物から心掛け一つで様々な事が
学べる事でしょう。40代最後の年、50代になっても60代になっても現役でいられるため今年の初めより
数回読了いたしました。そこで感じたことは宮本武蔵という人は五輪書を読めば読むほど人気スターや有名人
になるべく素質に欠けた根本的に愛想のない人であったことが解ります。そして誰よりも「勝利にこだわり」
誰よりも「自分を愛し」誰よりも「臆病に生きた男」であったと思います。五輪書の各巻名称は宇宙の五大要素である地、水、火、風、空から取った物であり地の巻では、兵法の道概要を説き、水の巻では二天一流の剣技を火の巻では勝負そのものを、風の巻では他流との比較を、空の巻では結論を説いています。
別の視点で見るならば五輪書は一人で生き一人で戦い一人で勝利し一人で死んでいった武蔵の哀しみに溢れているとも思えます。士官の道はなく孤独な中で剣一筋に生きたその生涯。生きることに真摯であり生きる苦悩の中に強さを求め続けた。武蔵の敵は武蔵であり、戦闘はなにより自分との戦いであったと思います。
そして戦い続けた。誰よりも大胆にそして誰よりも臆病に。
歴史上、武蔵が華々しく登場したのは誰でも知っている「吉川英治の宮本武蔵」が大衆小説として朝日新聞に連載された事に始まりますが、それ以前、直木賞で有名な直木三十五と菊池 寛との「武蔵論争」でした。
武蔵最強と信じる菊池と上泉伊勢守と比べて甚だ程度が低いと武蔵を蔑んだ直木の喧嘩はしばらく続きました。
五輪書を読む上でこの論争を知ることは、ある意味武蔵の価値観に関わることであると思います。
直木は言います「伝えられる著作から露骨に感じられる傲慢不遜な態度がいけない、自らの強さを見せつける態度がまことに乱暴で大人げない、そんな人間性を露わにしている「五輪書」は見れば見るほど幼稚極まる代物である」と武蔵を批判しました。故に最晩年、細川家の客分としてわずかばかりの薄給を施されたに留まったのだと切り捨てます。方や柳生石舟斎の甥っ子、柳生宗矩は将軍家指南役にまで出世をします。
いずれにしても直木が徹底して批判した宮本武蔵を自分がもっと真に迫る素晴らしい武蔵像に変えてみせる言う吉川英治の功績は大きいでしょう。
ここで注目しなければならない点は直木が言うような武蔵の傲慢、粗暴、あるいは野獣性は彼の少年期のおそらくは恵まれなかったその家庭的、社会的境遇からきたものであって「五輪書」はまさにそれを克服した求道者の歩みを示している点だと思います。
彼の異形、奇癖、人間離れした身体能力、ぞっとするような残忍性、およそ人を寄せ付けない病的な自負心
そこからくる偏執者のような用心深さ、それでいて自己の真価を世に認めさせたいという狂おしいほどの欲求心、時代から遺棄されたような孤独、こんなところが武蔵の実像として長い間一人歩きをしてきました。
しかし、どうでしょう、五輪書を読めば読むほど彼ほど合理的に勝利を導く考えを持った武士は他には見られません。余りに遠大なるテーマ故に一度には書ききれませんが、本日より少しずつ五輪書の世界観を自分なりに解説して参りたいと思います 今後、宜しくお願い致します。

写真は吉岡一門と対決した京都三十三間堂
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2010年3月7日(日)今年最初の昇級審査会が本部道場で行われた
今回は久しぶりに一般部4名を含む22名が審査に望んだ。

特に特筆する点は赤帯の受験者が5名もいた
赤帯5級は本格的な中級クラスになる緑帯になれるかどうかと言う大切な審査である
今後この5名が松栄塾少年部の中心的な存在になることを願う

また一般部では久しぶりの緑帯女性が誕生した
前に記載した丸尾総合婦人部長である
家庭を切り盛りし子育てをしながら地道に週一回稽古に通う姿は
みんなの希望である 是非 黒帯まで頑張って主婦でも有段者になれることを
証明して頂きたい

また一般部も3名の青帯が誕生し今後の選手としての活躍が楽しみである
年4回行ってきた昇級審査であるが、今年から年二回にして参加者の
増員を計りたいと思う やはり審査を受けて空手を学ぶ意義を確認するのは
とても大切なことだと思うし帯の色が変わることで新たな気持ちで稽古に励めることが
何より大切なことであろう 審査合格者は後日発表致します。DSC_6639
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662b7961.jpg丸尾総合婦人部長が葛西新聞に紹介されました今年 お母様の会は新体制になり新たに五人の婦人部長が誕生しました

本部道場役員人事
総合婦人部長 丸尾知美さん
婦人部長 大澤 渡邉 村上 秋山 板垣さん
以上宜しくお願い致します
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