師範日誌

松栄塾の日々の活動、道場でのちょっとした出来事 映画情報、音楽情報、読書感想 観戦記を、 報告いたします  更新はなるべく毎日行うように 致します 教育とは魂の設計なり

国際武術総合空手道連盟と松栄塾の日々の活動をご報告致します また師範の武道教育の柱となっている「魂の設計」について 思うままに書き連ねております 松栄塾 塾生は必見 連絡等も行います.押忍

2010年06月

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2コースの第四回が池袋スポーツセンターで開催されました
今回のテーマは「倉本流打撃の考え方」
☆パンチでの脱力
☆ムチのように
☆衝撃波を作り出す
☆無意識の意識
の四点を倉本師範が解説されました
基本的に要約すると「全ての項目は連動している」との解説で
脱力における体軸、肩、脇の考え方から入りムチのように衝撃波を伝える拳の技術
さらには、それらを総合的に無意識の上で使うための反復練習の仕方などを
懇切丁寧に教えていただきました。
いつもながら倉本師範の武学(武術的学問)の見識の深さには
脱帽させられます、また実演される技術の裏付けには師範の長年のご研鑽、ご研究の
成果がまじまじと現され毎回眼から鱗のような気分にさせていただけます。

先生が持たれているのは携帯巻きわらという鍛錬具です
以下のWEBページから購入することができます
http://homepage3.nifty.com/bbk-1/09-seminar/seminar-index.html

詳しいことはmixiに武術コミュニティを作りましたので
ご興味のある方はそちらをご覧ください。
(mixiの登録が必要です)
http://mixi.jp/home.pl?from=global
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013d502b.jpg武学セミナーで池袋スポーツセンターに来ています 今回のセミナーからmixiに写真をアップします
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8月1日(日)開催されます極真会館 マス大山カップの締め切りが
近づいて参りました  現段階での申込者は

一般部     重松敦史
        大澤雄一

少年部     岩崎泰我
        岩崎我門
        佐藤 天
        板垣 諒
        奥本祐大 
         田島凛斗     計8名

  出場希望者は申込書 参加費 写真3×4二枚持参の上
  今週木曜日までに師範まで申し込みください。
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追伸   あと75クイックで10万クイックです
       応援のクイックをよろしくお願いいたします。
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20日(日)松栄塾創立記念パーティを本部道場で行いました
今回はゲストもなく来年10周年こそ盛大に行うというスタートの
パーティなので内輪だけのささやかな会になりましたが、
拳成館の黒澤館長 江戸川区議会議員の鵜澤先生 後援会長の高橋会長
父母会会長の田島会長 千脇指導部長に見守られながら
現状、一番強い少年部は誰かを決めるエキシビションマッチを行いました
結果は以上の通りです

    創立記念エキシビジョンマッチ


   型の部   優勝    佐藤天
        準優勝    岩崎泰我
        第3位    板垣 諒
        第4位    岩崎我門
  組手の部   軽量
        優勝   西村匡生
        準優勝   丸尾真人

         中量
        優勝   大澤雄空
        準優勝   岩崎我門

         重量
        優勝   岩崎泰我
        準優勝   佐藤天

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フォトシネマで作成してみました

写真は入門仕立ての天ちゃんと海ちゃんです
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松栄Tシャツ

昨日は暑く大変な稽古でした

例年は7月からTシャツ着用加としていましたが
今年は早々とTシャツ稽古(松栄塾公式Tシャツ)OKと致します
Tシャツの新バージョン作成中
限定数なので予約販売となります

 今年のバージョンは 松栄マンイラスト
           全日本武術総合空手道連盟バージョン
           魂Tシャツの3パターンです
      宜しくお願いいたします
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皆様のおかげ様を持ちまして松栄塾も今年九周年を迎えました 先月は大会の準備や片付けで忙しく一月遅れで有りますが、20日、午後三時よりささやかなパーティーを開催したいと思います。 創立当時には考えられなかった発展を遂げた松栄塾をOBの皆様も是非、ご参加頂き新旧顔を合わせ 未来の空手像を語り合いたいと思います。最近余り道場にお見えになっていない方も是非奮ってご参加ください。      松栄塾 9周年記念パーティー      2010年6月20日(日)  会場 本部道場       開始   午後3時より深夜まで励行予定  押忍       会費    大人 二千円   子供  千円 写真集2004 196
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0916  永楽九年(1566)年上泉伊勢守から目録を授かり新陰流の後継者となったのは柳生石舟斎宗厳で有りました 宗厳(むねとし)ほど師匠の流儀を極めて究極的に理解した人はいませんでした。当時34歳だったこの弟子が新陰流を修行して後継者のなるまで実に三年と4ヶ月しか経っていなかったと言われます。バカボンドのなかにはその出会いから試合の実態が実に良く描写されています、奈良宝蔵院で行われた試合は宗厳が何度打ち込んでも、その剣は吸い取られるようにはじき飛ばされます。次の日もまた次の日も全く同じ手順で敗れる宗厳は師に問いかけます。
「剣の利とは、なんで有りましょう」にこやかに微笑む伊勢守は答えます「研鑽の努力は素晴らしい、しかして君達にとって剣とはなんぞや・・・」「人に勝ちたい」「自己の力を顕示したい」そこには「我」のみであると・・・
そして究極とも言える有名な一説「私にとって剣とは天地とひとつ・・・故に剣はなくともいいのです」「無刀」という流儀が確立される瞬間でした。宗厳の心の中に起こった事件は決して単純な物では無いでしょう。その事件は以降、何百年に渡って新陰流刀法の伝承となります。
宗厳は敗れたのではない、伊勢守が創造した一つの運動世界のなかに引き込まれ、彼の心身を貫いたのでした。言い換えれば伊勢守は宗厳の心中で何が起きているのか、はっきり見抜いていたのでしょう。勝つことに変えて創ること、奪うことに変えて与えることという伊勢守の兵法の理想は、おそらく宗厳の立ち会いのなかで実現されたのでしょう。
詰まるところ伊勢守の流儀とは「勝敗は創造された運動世界の表裏にある」と言うことでした。
ならば、それを勝敗などと呼ぶ必要もないし勝ち負けによる生死も起こす必要がない。
自らを守り敵をも傷つけない「身体で繰り返し演じられる運動世界」の(制度)=「型」でした。
そういう意味では生死に関わる本能の呪縛から人を根本的に自由にするための制度こそ「型」なのです。この種の方法と同じものが、戦国期の茶の湯や能楽のなかにあったことは、間違いないことでしょう。ここで余談ですが、最近「のぼうの城」という本を読みました。司馬遼太郎を師と仰ぐ
和田 竜氏の著書です。あらすじは周囲を湖に囲まれ、浮城とも呼ばれる忍城(おしじょう)。領主・成田家一門の成田長親は、領民から「でくのぼう」を略して「のぼう様」と呼び親しまれる人物であった。天下統一目前の豊臣秀吉は、関東最大の勢力北条氏の小田原城を落城せんとしていた。豊臣側に抵抗するべく、北条氏政は関東各地の支城の城主に篭城に参加するよう通達。支城の一つであった忍城主の氏長は、北条に従うように見せかけ、裏で豊臣側への降伏を内通し、篭城作戦に参加していた。「武州・忍城を討ち、武功を立てよ」秀吉にそう命じられ、石田三成は成田家が降伏しているとは露知らず、戦を仕掛けんとする。城はすぐに落ちるはずだった。開城か戦か、成田家に遣わされた軍使が問うと、総大将の長親は「戦」を選択。当主・氏長より降伏を知らされていた重臣たちは混乱するが、かくして忍城戦は幕を開ける。
総大将たる長親には、将に求められる智も仁も勇もない、正にその名の通り、でくのぼうのような男。主だった将兵は小田原へ赴いていた。三成率いる二万超の軍勢に、百姓らを徴発して二千強の成田氏。果たして勝機はあるのか。という物です。WPより引用
ネタ晴らしになるので詳細は避けますが、水攻めで追い詰められた忍城を救うのは華麗な戦術でも
勇者の剣でもなく只ひたすら百姓、田園を守ろうとする一人の「でくのぼう」でした。
威高々と開城を宣告する使者に子供のように駄々をこねる城主に同心のものが諭す
「我慢せよ、今降れば所領も城も安堵される。長親、我慢するのだ」
「いやなものは、いやなのだ」「武ある物が武なき者を足蹴にし才有るものが才なき者の鼻面をいいように引き回す、これが人の世か、ならばわしはいやじゃ」
強きものが強きを呼んで果てしなく強さを増していく一方で弱き者は際限なく虐げられ踏みつけにされ、一片の誇りを持つことさえ許されない。小才のきく者だけがくるくると回る頭でうまく立ち回り、人がましい顔で幅をきかす。ならば無能で人が良く愚直なだけが取り柄の者は、踏み台になったまま死ねというのか。
「それが世の習いと申すなら、このわしは許さん」
武も兵もいない「でくのぼう」の城主が立ち上がる。
最終的に最後まで落ちなかった関東の城はこの「忍城」だけであった。
城の明け渡しの際、総大将 石田三成は呟く「負けた 完敗じゃ」
「成田長親という漢は何もできないんだ、それがあの男の将器の秘密だ、それ故家臣はおろか領民までもが何かと世話を焼きたくなる、そういう男なのだ」
(あるいはあの大男は生のままの自分をさらけだしているだけかもしれぬ)
「所詮は利で繋がった我らが勝てる相手ではなかったのさ」
まさに「負けるが勝ち」の最高例というべき物語に「財力」が全てであるという現代社会に一筋の光明を見た思いでありました。
                          続く















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自分の知り合いがニューヨークで空手を教えています
その彼はかつて誰もが認める極真空手のチャンピオンでした
現在は極真を離れて自分の名前を号した道場を経営しています
最初は辛く厳しい道のりでしたが現在は自分の理想の空手を追求し
夢のひとつひとつを叶えているそうです

その彼から最近話題になった話を聞きました
ニューヨークのあるイベントで日本人歌手によるINORI
(祈り)という歌が歌われたそうです
これは広島の原子爆弾に被爆して友人を失った少女を歌った物だそうです
アメリカのど真ん中でこのような歌が歌われ多くのアメリカ人が感動をしている
やはり文化は本当の意味で平和をもたらすのだと思いました。
自分も日本の伝統文化である「武術」を通じて平和に貢献できるような師範になりたいと思います





   INORI(祈り)    KUMIKO


歌詞
別れがくると知っていたけど本当の気持ち言えなかった
色とりどりの折り鶴たちにこっそり話しかけていました
愛する人たちのやさしさ見るものすべて愛しかった
もう少しだけでいいから皆のそばにいさせて下さい

泣いて泣いて泣き疲れて怖くて怖くて震えてた
祈り祈り祈り続けて生きたいと思う毎日でした

折り鶴を一羽折るたび辛さがこみ上げてきました
だけど千羽に届けば暖かい家にまた戻れる
願いは必ずかなうと信じて折り続けました
だけど涙が止まらない近づく別れを肌で感じていたから

泣いて泣いて泣き疲れて折り鶴にいつも励まされて
祈り祈り祈り続けて夢をつなげた毎日でした

別れがきたと感じますだから最後に伝えたい
本当に本当にありがとう私はずっと幸せでした

泣いて泣いて泣き疲れて折り鶴にいつも励まされて
祈り祈り祈り続けて夢をつなげた毎日でした

めぐりめぐり行く季節をこえて今でも今でも祈ってる
二度と二度と辛い思いは誰にもしてほしくはない
誰にもしてほしくはない
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晴天の日曜日 国際福祉空手道連盟 拳成館さんの昇級審査に
ご招待頂き有意義な一日を過ごさせて頂きました
前回も参加してつくづく感じた点は「基本」「型」のレベルは相当な物ではないか
ということです、館長の黒澤先生は基本や型の一動作をそれこそ細かく砕いて噛んで
含めるように教えられています。
自分も様々な道場を見学したり出稽古に行ったりしますが
此処まで懇切丁寧に誠心誠意「空手」を教えてくれる道場も珍しいのではないでしょうか
フルコンタクト空手は指導者の意識によってその団体が決まってしまう傾向の強い
武道であると思います。
先生が暴力団のように振る舞っている団体は生徒まで肩を怒らせて歩いています
かつては全日本チャンピオンだとか世界チャンピオンという肩書きがあっても
型ひとつできない先生もいます。
また自分ができるから生徒もできて当たり前だという考え方は競技空手で名を残した
先生に多いいのも事実です。
先生が組手一辺倒でろくに型も基本も教えない空手だかキックだか格闘技だか分からない
団体はたくさんあります、試合のある競技故、試合に勝つことが最大価値と考える先生が
大半のなか空手の意義と青少年の健全たる成長を願っての拳成館空手は現代には珍しい
道場なのではないかと思います。

もし自分が若くてもう一度最初から空手を学ぶなら黒澤貫太郎先生から学びたいと思います。

そのような優秀な生徒さん達の前で恥ずかしながら型の披露をさせて頂いた。
実にいいわけがましい説明のあと「三戦」を行った
数年前、沖縄古流空手の宇城憲治先生のセミナーに参加してから
毎日毎日、身体が勝手に動くまで行った型でした
型に内存する力は確かに存在すると信じやり続ける事が本来の武道の姿なのでしょう。

基本と型をきちんとやり込んだ黒澤先生は今でも身体が柔らかく平気でバク転を披露していました
まさに全日本武術総合空手道連盟の誇る素晴らしい先生です
このような先生に教えてもらえる拳成館の生徒の皆さんが羨ましく思いました。
是非、合宿にも参加して拳成館の皆様に会えることが今から楽しみです。
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