師範日誌

松栄塾の日々の活動、道場でのちょっとした出来事 映画情報、音楽情報、読書感想 観戦記を、 報告いたします  更新はなるべく毎日行うように 致します 教育とは魂の設計なり

国際武術総合空手道連盟と松栄塾の日々の活動をご報告致します また師範の武道教育の柱となっている「魂の設計」について 思うままに書き連ねております 松栄塾 塾生は必見 連絡等も行います.押忍

2010年11月

本年も残すところあと一ヶ月
今年も献身的に松栄塾を支えてくださっている方々の紹介を致します
本日、火曜日一般は河野先生が担当、本日、久しぶりにお会いした
「師範、真面目な話しがあります」突然、真剣な顔で事務所に入って来られた
すわ、もしかして担当を降りる?一瞬、緊張したが
「師範、申し訳ありません 道場を傷つけてしまったのは自分です」
今にも土下座しそうな勢いで話し始める・・・???
なんのことはない、少し前に道場の床が傷ついているのを塾長に注意した
「道場は自分を磨く場所だぞ それを傷つけてどうするのだ」
直接会って謝ろうといつも気に懸けていたらしい
なんと、潔い男子であろう 毎回、平井から駐車代も払って指導に来てくださっている
謝らなければならないのは、こっちの方だ 気にしないでくださいと返答し
いつか、必ず松栄塾に関わっていて良かったと思っていただけるよう精進しようと決意した

思えば自分みたいなマイナーものが日刊スポーツの日曜版に「チャイルドクリニック」
という連載を載せて頂いたのも河野先生のおかげである。
おかげで松栄塾は一気に全国区に名前を轟かせることができた。
前出の千脇先生や拳成館の黒澤先生しかり、志有る有志によって松栄塾は守られ発展している。
河野
Clip to Evernote



前回のブログにも書きましたがリクエストが多かったのでヒクソングレイシー無敗の法則から
ポイントを抜粋いたします(ネタばれ注意)
始めに自らの人生を振り返り「長い旅を終え、人生を考え直すときが来た」と述べています。
上記の舟木戦 その前に行われた二度の高田戦、最もヒクソンが輝いていたときでしょう
その後、ヒクソンの身には数々の悲劇が襲いました。
その中でも最も衝撃的だったのが愛息「ハクソン君」の死であったでしょう。
交通事故で18歳の若さでこの世を去った長男は柔術においても期待されたユース選手でした
何度か見かけた試合でもヒクソンが父親として息子の試合を応援している姿が目撃されています
web上では様々な憶測が飛び交いました「マフィアの指示を聞かないヒクソンの為 殺された」
などの噂話が絶えない中、ヒクソンは只一人それを受け入れるため、毎日、大工仕事に打ち込んだ
と言われます。「自宅庭に山のような作業を終えてデッキが完成したとき、私はそこに息子の写真を
置き、全て終わったのだと実感した」と彼は述べる。
そして「何もかも持てるものの全てを息子に与えたような気がして心の中にいる息子を誇りに思った」
「当時の自分にとってどう考えても、これ以上悪いことなど起こりえないように思えた」
それでもまだ私は、どんな悪いことにも、プラスの面があるはずだと信じていた。
その最悪の出来事の中にあるプラスの何かを必死で探した。
そこから得た結論は「明日なんか来ないつもりで生きる」でした。
数々の戦いから「今日は死ぬのに良い日だ」と言っていたヒクソンの考えが息子の死によって
ポジティブに変化していることが分かります。
どんな優れた格闘家であろうと自らの宿命に逆らって生きることは出来ない、いや、だからこそ
武術や格闘技で大切なのは、ものの見方、考え方なのではないかと考えさせられる内容でした。
また氏は「勝つことではなく、絶対に負けないこと」を何度も強調しています。
「私は餓えた眼で戦いを臨んで自分の欠点を忘れたりはしない。いつも危険を意識して試合に臨む
と同時に、どんな隙も見逃さず、すかさず食らいつく」と続く。
さらには「暴力は不安な心から生まれる、臆病の心から生まれる」と言い「本当に強い人間は
暴力に頼らない、必要のない攻撃はしない」と結論づける。
自分が最も共感出来たのは「自分らしく生きられないなら、死んだ方がましだ」という箇所でした
「私はライオンが怖い 当たり前だ 隣の部屋にライオンがいたら逃げる、しかし子供が助けてと
泣いていたら、それがライオンだろうがなんだろうが飛び込む、自分らしい行動が取れないぐらいなら
生きていても無意味だ、百回死んだ方がましだ」「残念な事だが今の日本にそんなサムライ魂がほとんど感じられない」と言うところに人としての覚悟、戦士としての誇り、無敗の男の原点があると
感じました。最後に「人生で重要なのは、知ること、気づくこと、心を開いて向き合うことだ、
敗北も悪い経験も、すべて強くなる為の力に変えられる」「負け犬になるかどうかを、決めるのは
何をしたかではない心の持ち方次第だ」と結論づけている。
総論として無敗の法則とは常に目標と生き甲斐を持ち何事にも屈しないポジティブな気持ちで
覚悟の人生を送るという事になるであろう。

ヒクソングレイシー「無敗の法則」は道場の本棚に入っております
ご興味のある方はご一読を・・・
Clip to Evernote

本日から毎週土曜日 全日本武術総合空手道連盟において指導部長を
御願いしている千脇先生の氣のクラスの内容を公開していこうと思います
本来ならば11月の初めから書くつもりでしたが不慮の事故で手が動かず今月最後の氣クラスからに
なってしまいました。
氣のクラスは毎週土曜日  午後6時より自由参加で行っています
氣の研究会 講師であった千脇隆司先生のボランティアクラスであります
未来を担う大切な少年達(時には様々な問題に立ち向かっているご婦人や壮年にも)に
空手の動作 作法を応用した「集中法」を中心とした「心の鍛錬」を目的としたクラスです
本来、フィジカル面が最重要しされ精神論が排他されやすいフルコンタクト空手において
なぜこのようなクラスを始めたのか、それは7年前に挑戦した世界選手権大会にまで話しを
遡ることになりますが、(クラス内容とは関係がないので其の話しはまた別の機会に)
役八年、続けて参りました。
当初、メンタルトレーニング程度にしか思わなかった「氣のクラス」が
こんなに長く続けられたのは、間違いなく効果があったからです。
開始当時、誰よりも真剣に参加していたO君は中学受験で開成に入り
中学になっても氣のクラスだけは続けていたM君は一昨年日比谷高校に最高点で入学しました
最近では個人指導も受けている佐藤 天君が出る大会のほとんどに優勝を飾っています
自分はここに空手を修行しながら新たなる可能性を見いだしました。
その内容とは、抜粋
「まず自分自身が安定を得る」
武道は「矛を止めるの道」と書きます。心身統一氣道が相手と争って勝つ武道ではないというのは、この字が持つ意味と合致するところです。
心身統一氣道は、まず始めに正しい姿勢を学びます。姿勢と言うと身体の状態が一般的ですが、日本語では心の状態も姿勢と言います。心の姿勢が身体の姿勢をつくっています。心が落ち着いていれば、身体も自然に落ち着きます。心が安定すれば、身体も自然に安定します。
これを「不動心不動体」と言います。
松栄塾の道場訓に「我々は空手を通じ、氣の道を学び、心身統一を実現する」とあります。
自分自身の心と身体が安定しているから相手の心を知って導けるのです。

自然と一体になり、相手の心を知る
自分に心があるように、相手にも心があります。自己中心的な心で氣道の技を行うと、相手の心を無視し、相手を痛めつけ無理に投げようとしてしまいます。そうれば必ず相手の心は反発し、氣道の技はまったく利きません。日常生活におきかえても、自己中心の心が人を動かすことはできません。

相手の心を知り、相手の望む通りに導くとき、相手を無理なく倒すことができます。
 心身統一氣道では、相手に心を導く前に、まず自分自身の心が天地、自然と一体になることを第一に考えます。、とあります。
氣の稽古に入る前、全員が正座をし呼吸法を行いながら、まず「自分を作る」稽古を
指示されるのではなく自発能動的に行います。
空手のクラスでは、ほとんどの先生が技術や策、方法論を指導していきます。
其の結果、弟子は自ら能動的に動くのではなく、言われたままに同じ型を繰り返すことになり
空手の教本に載っているような動きしかできない空手家が各自の個性を奪われたまま
教えられたことを消化することに全ての力を使い切り、一番大切な自ら「気づく」という
事が出来なくなってしまうと、まさに気づきました。
それはここ数年、自分の修行に大きな触発を与えてくれたお二人の武術家の考えが
余りに共通していたからであります。
その達人達は基本すらも否定的でありました
「全く身体も年齢も力も身体の固さも違う者に同じ事をやらせて成長するはずがない」
「何を100000000回繰り返せば達人になれると思うことこそ現代武術の錯覚」
「素振りを何千万回繰り返してもイチローにはならない」という言葉の数々は只、ひたすら
強くなれると信じて基本を繰り返した自分にとって衝撃的でありました。
其の意味から本当の武道の指導者というのは「自らの頭で考えて気づかせる事の出来る者」と
指導の根本的な考えを変えていく中、最も短期間で少年を変えた(それは組手が強いとか型が
うまいという次元のものでは無く)ものが「氣の稽古」でした。
いささか極端な例でありますが、いじめられている子供が入門してきたとき、まず一番最初に
空手の先生が言うことは「強くなれ、強くなって見返してやれ」であるでしょう。
20年近く、様々な少年達を指導してきて自分は最初、そのようにすることが最良であると
信じていました。そして本当に(肉体的に)強くなったとき、やられたらやり返すという姿になり、
一番大事な(いじめはいけないこと)という事に気づかず方法論で解決をする子になってしまった
事が度々ありました。本当に強くなればそんな事はないと思っていましたが、残念な事に全員を
本当に強くすることは肉体的、精神的に不可能です。
それでは先頃、行われた北朝鮮の砲撃によって韓国の軍人が「100倍1000倍にして復讐してやる」と
言った事と変わりはないと思います。
自分がやってきた武道とは・・・命をかけ青春の全てを懸けて学んできた強さとは・・・その程度のものなのでしょうか・・・
「氣のクラス」では今日も「間合い」を中心に稽古が行われました。
虐められてしまう子は自らの「間合い」を持っていない、そしてその「間合い」は絶対に教えられない
ものであると言うことを学びました。
空手の間合いならば蹴りの角度や攻撃の状況で幾らでも教えられますが「人間関係の間合い」は
自らがその事に「気づき」自分で覚知しなければ一生覚えられないものなのです。
故に大人になっても自分の間合いに気づかぬものがたくさんいるのでは、ないでしょうか。

自分たちで話し合い自主的に準備運動を行った参加者は一人一人各自の「テーマ」を決めて
稽古に入ります、様々な場面を想定して行われる「間合い」の取り方はそれこそ10人十色の
稽古が必要となります、そして氣のクラスのメインとなるのが「集中法トレーニング」です
空手の移動突きを只数回行うだけの体力的には全く疲れない稽古ですが、そこには「呼吸」「気迫」
「中心線」「視線」「調和」「移動」「バランス」「タイミング」など大変な艱難が要求されます
わずか、数分の稽古でも精神的には脳が大汗をかくような疲れを生みますが、年齢、体力、空手の
実力に関わらず自分の段階で出来る唯一の稽古だと思います。

武術の稽古とは宮本武蔵のように一人で何もないところから術を生み出し、考えに考え
自ら気づく悟りの修行であることに気づかせてくれるのが「氣のクラス」です

また千脇先生は試合に臨む選手に対して「生き残る事だけ考えろ」「勝ちたかったら、まず負けないことだ」と指導されています。
先日、読んだヒクソン・グレイシー「無敗の法則」にも
「勝つためにはまず負けないことだ、そして教えられた基本だけではなく、そこから、重要な
何かを(読み取る)必要がある」
と書いてありました。

勝つことよりもまず負けない自分を作ること、殺伐とした現代に於いて
「生き残る事」こそ武術が提案しなければならない最強のメソッドであると思います。つづく

              
Clip to Evernote

ドラえもんの最終回
今年もあと一ヶ月と少し
松栄塾も多くの出会いと別れがありました
「強くなりたい」という願望はドラえもんのポケットには
入っていない けれど卒業して行った少年達が自分の人生で
辛いこと 悲しいこと 苦しいことに臨んだとき
少しでも良いから稽古の苦しさを思い出して乗り越えてほしい
そういう思いで来週から復活します
休んでいる間、真心で指導をしてくださった黒澤館長 ありがとうございました
貴方は「技のおもちゃ箱」を持った素敵なドラえもんでした。
Clip to Evernote

連盟友好団体の野地道場 代表 野地竜太先生が今年最後の格闘技イベント「戦極」に
参戦決定 
photo

WPMF世界スーパーヘビー級王者、初代RISEヘビー級王者、第4代J-NETWORKヘビー級王者の強豪ファビアーノ・サイクロン選手とキックルールで戦います。
空手VSキックの頂点を競い合う世界タイトル戦並の大勝負
全日本武術総合空手道連盟としても全力で応援して参りたいと思います
チケットの情報は重松までお問い合わせください
sof_top
Clip to Evernote

今日、11月25日は三島由紀夫の祥月命日である
三島由紀夫は今から30年前970年11月25日楯の会隊長として隊員4名共に、自衛隊市ヶ谷駐屯地(現:防衛省本庁)に東部方面総監を訪れ、その部屋で懇談中に突然日本刀を持って総監を監禁、その際に幕僚数名を負傷させた。部屋の前のバルコニーで演説しクーデターを促したが、自衛隊員から野次罵声を浴びた。約一時間後に割腹自殺を遂げた。この一件は世間を騒然とさせた(詳しくは三島事件を参照)。

今年、拳成館の夏合宿に参加させていただいたとき山中湖周辺に文学館があり、時間があったので
立ち寄った そこには空手着に身を包み中段正拳突きをしている三島由紀夫の写真が飾ってあった
gaikan

三島由紀夫「空手の秘義」より

三島由紀夫「『第十三回全国空手道選手権大会』推薦文」
「正義は力」だが「力は正義」ではない。その間の消息をもつともよく示してゐるのが、
空手だと思ふ。空手は正義の表現力であり、黙した力である。口舌の徒はつひに正義さへ
表現しえないのである。

三島は空手以外でも剣道 居合い 柔道 ボクシングなど様々なスポーツに励んだ。

またボディビルを始めるきっかけとして、細身な上に身長が低いこと、さらに胃弱や虚弱体質に悩んでいた三島は、ある週刊誌のグラビアに取り上げられていた玉利齊(当時、早大バーベルクラブ主将。現在は社団法人日本ボディビル協会会長)の写真と「誰でもこんな身体になれます」というキャプションに惹かれ、早速編集部に連絡を取り、玉利を紹介してもらったことが挙げられる。最初は自宅の庭に玉利を招いて指導を受け、後年は後楽園のトレーニングセンターや、国立競技場のトレーニングセンターにまめに通った。
昔の三島は腺病質で、あるパーティでダンスを共にした美輪明宏から「あら、三島さんのスーツってパットだらけなのね」とからかわれたりしていた(このとき三島は顔色を変え部屋から出て行ったとされる)。後年、飛行機で乗り合わせた仲代達矢がボディビルについて尋ねた時「本当に切腹するとき脂身が出ないよう、腹筋だけにしようと思っているんだ」と答えた。料亭で呑んだ時は、仲居に向かって「腹筋をつまんでごらんなさい」と要求して贅肉のない腹部を誇り、仲間内では「俺はミスター腹筋というのだ」と自慢していたと伝えられる。1948年からの友人中井英夫が小学館で『原色百科事典』の編集に携わっていた頃、ボディビルの項目に載せる写真のモデルにならないかと三島に冗談を言い、そのまま忘れていると、次に会ったとき三島から妙に声をひそめるようにして「この間のボディビルの話ねえ、もし本当なら急いでもらえない? オレ、もしかするとまた外国に行かなくちゃならないかも知れないから」と催促された。それは遠慮深く真剣な口調だったので、中井は三島が本気であると感じ、編集部に話を通して実現の運びとなった。最初は10kgしか挙げられなかったベンチプレスも、鍛錬の結果、晩年は90kgを挙上したという。ボクシングのスパーリングパートナーは石原慎太郎が主であった
images

なぜ、これほどの文豪がナルシストに変身し最後は自らの命を抛って生き様に拘ったのだろうか
様々な議論が為されてはいるが、結局、最終的に「男は様々な次元で強さを追求する」生き物なのでは
ないだろうか・・・氏の残された「口下の徒はついに正義さへ表現しえない」という一言は
どんなに英知を磨いても口先だけの男には為るなと言う遺言のような響きを禁じ得ない。

Clip to Evernote

怪我のため大変遅くなりましたが12月の行事をお知らせいたします

12月11日(土)松栄塾忘年会  K-1イベント参加のため延期
12月19日(日)お楽しみクリスマス会 年間優秀賞発表  PM2:00 〜PM6:00〜忘年会
12月21日(火)本部道場大掃除   少年部基本稽古終了後
12月25日(土)本部道場稽古納め  通常時間
12月最後の週に毎年恒例の冬期スキー合宿を行います。
今の予定では25日〜26日

年末は25日まで新年は2日(日)午後2時より初稽古
10日(月)より通常稽古となります 宜しく御願いいたします。
Clip to Evernote

a0114f0e.jpg選手クラスの子供達がお見舞いに書いてくれました
Clip to Evernote

0981f079.jpg4時の基本クラスから一般部まで五時間稽古をつけて戴きました
Clip to Evernote

今日15日は坂本龍馬の祥月命日
若き日に読んだ司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の最終巻には
竜馬暗殺の事は詳細に書いていない
この当時、暗殺などと言うのは交通事故に等しい当たり前の出来事で
あったし下手人が誰かなどと言うことはこの物語のテーマとは全く
関係がないと著者は書く
「自分は事を為す人間の資質とは何かということをこの物語で描きたかった
たとえば同じ時代のナポレオンと肩を並べられるような日本人を権力も財力も
なく地方藩の郷士に生まれた坂本龍馬という人物に求めた」
「混迷する日本の社会を諸外国から守り発展させるため天がこの一人の
男を地上に送り出しその使命を全うしたとき惜しげもなく天に召し返した」
と述べている。

今回の入院手術で様々なことを考えた
10万人に1人の確率で全身麻酔による心臓発作 心筋梗塞 肺梗塞が
起こりうるので書類にサインをした
麻酔をされるときもし、このまま眼を覚まさなかったらと一瞬だけ考えた
身の回りのこと
松栄塾のこと
連盟のこと
家族のこと
まだ死ねない・・・

40代最後の時にこのような事を真摯に考えられたのは
本当に良い体験であると思った

新しい人生が始まったと思っている

Clip to Evernote

↑このページのトップヘ