師範日誌

松栄塾の日々の活動、道場でのちょっとした出来事 映画情報、音楽情報、読書感想 観戦記を、 報告いたします  更新はなるべく毎日行うように 致します 教育とは魂の設計なり

国際武術総合空手道連盟と松栄塾の日々の活動をご報告致します また師範の武道教育の柱となっている「魂の設計」について 思うままに書き連ねております 松栄塾 塾生は必見 連絡等も行います.押忍

2013年03月

個人情報なので、余り載せませんが大会が終わって毎日入会者が来ています
今日も元気印の千帆ちゃんとなる君が新しい仲間になりました
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三年以上ぶりに西川 起君が高校受かりましたと報告に来てくれました。
都立青山高校に受かったそうです。
たまたま、見えた西島洋介さんもお祝いの言葉を伝えてくれました。
彼が松栄塾に入門したのは幼稚園年中の時、厳しい難病と戦っていました、その病を克服したのは、勿論、お母様の言葉に尽くせぬ御苦労の賜物でありますが、その一端を松栄塾の空手が担ったと言ってもらいました。大変な状況でも最後まで諦めず挑戦してきた起君は彼にしかわからない数々の宝物を心に刻んできたと思います。
運動神経に恵まれ、何不自由ない環境でありながら、自分に負けて去って行く者が多いなか、本当の強さは決して外面からはわからないと感じます。ただ一つ言える事は彼はどんなに困難な状況であっても、決して逃げなかったと言う事であります。
稽古が辛く泣きながら行く事を拒んだ事もありましたが、辛抱強く励まし続けたお母様や千脇先生の数々の言葉、それらすべてが彼の宝物となっているのでしょう。
生きている事そのものが戦いであった彼に
(起、お前もう、頑張らなくていいよ、お前もう十分頑張って来たんだから、もう頑張るな)と言った千脇先生、(そんなに頑張っているお前を虐める学校なんか、もう行かなくていいよ)とまで、言い切りました、その起君が優秀な成績で都立高校に合格、その事を思うと心から祝福の言葉を伝えたくなりました。
(勝ったな、起)
はにかみながら照れる松栄塾の元戦士の笑顔には苦難を乗り越えた男の表情が現れていました。
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若干、間違いを訂正致しました。宜しくお願い致します。
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小学校3年初級Dクラス  小野寺伊織選手は野地道場ではなく、拳成館でした
関係団体の皆様、大変失礼いたしました。
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大会まで、いよいよ残り一週間となりました。
恒例ではありますが、今週土曜日午後5時から
大会出場選手結団式を行います。
細かな注意事項、お手伝いをお願い致します
ご父兄の皆様の連絡協議、当日の進行についても
お知らせ致しますので、参加選手は万障お繰り合わせの上
ご参加ください。
「審判をお願いしております先生もご参加を御願いいたします」
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大会準備に追われている中、一本の電話が入った
「重松さん  お久しぶりです……田島です」
かつて全国の後援会やセミナー、各種大会で真剣白刃取りを共に
演じてくれた元警視庁、剣道対外選手であった田島 稔教師七段であった。
ボクシングファンで有り、23日大会の件でたまたま電話を戴いた西島洋介さんの大ファンであった
ので西島さんにもお越し戴き一緒に食事をすることになった。

「田島の小手」と恐れられ文化の日にNHKで生放送される「全日本剣道選手権大会」の常連
国際大会では強敵、韓国を破り世界選手権優勝の一員でもあった。

史上初の三連覇を成し遂げ、四連覇目前の天才、宮崎選手に土をつけたのは、この田島さんであり
この試合の際、自分は日本武道館の試合場近辺で確かに応援をしていた。

剣の達人と呼ぶにふさわしい田島さんに真剣を持ってもらい、何度も命懸けの演武を
行ったが、演武を披露したイベントがイデオロギー性の強いものであることから、職場において
様々な問題が彼の身辺でおきた、今日の話の中でもK長官狙撃事件の犯人だと疑われたり
調査の影に身辺を洗われたりしたようだった。
いろんな事情があり警察の職場を退職、(懲戒免職ではなく希望退職)大学職員として
剣道部の監督となった。
「大学で先生、先生と呼ばれていい気になっていたんです」
数年前、ある事件を起こし起訴をされる身に、かつては天才剣士と呼ばれ剣道界の檜舞台に
立っていた者がかつての同僚に取り調べを受けることになってしまった。

話しを聞きながら偶然ではあるが、ボクシングと剣道の二人の天才が
ここであったことに不思議な縁を感じた。これまた偶然に二人とも二人の息子を持っている。
過去にはその世界で頂点に立ち、栄光を飾っていた二人に共通するものは、他の世界に疎く
自ら信じた道を只ひたすら歩いていたという点であり、今、確かに自らを省みているという
事であった。

人は自らの行いを決して否定しようとは思わない。
しかし、自らの体験と結果のもとに「省みることができれば、人は必ず変われる」と言う事である。
不思議な縁で知り合った二人の天才が、今後、どのように変わっていくのか。

ドラマはいつでも、もう始まっている。

田島-nisizima-
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松栄塾、前期昇級昇段審査会を3月3日午後12時半から本部道場で行われました。
今回は昨年、47歳の若さで霊山に旅立った佐藤友昭さん遺児、佐藤 海さんが
昇段十人組手に挑戦しました。

佐藤さんが亡くなる数日前、見舞いに訪れた友人は日記の中でこう綴っている。
「なぜ、子供たちに空手を?」
「普通の礼儀とか靴を揃えるとか、そういうものを学んでほしくてさ……
それ以上の事を学んでくれて……ありがたいよ」と答えられました。

あるときに些細な話しの中で佐藤さんは息子の天くんに言われたと語ってくれました。
「お父さんの考え方は相対であり、僕の目指すものは絶対の世界だから」
それを聞いたとき、入門を決意したと笑いながら話されていました。

「試合に出て、十人組手に挑戦したい」
佐藤さんの空手に於ける夢でありました。

その夢を二人の息子と娘が達成しました。

塾長を含む松栄塾の黒帯強豪と戦う小学校六年生の娘の姿を見守っていた
お母様たちの眼には、光るものが流れていました。

命尽きてこの身は滅ぶとも、志高き魂だけは引き継がれる事を
娘は見事に証明しました。

「人生の価値とは長いとか短いということではなく
 この世にどのような足跡を残したことで決まる」

最後まで諦めず闘い抜いた一人の少女を瞼に焼き付けた人達は
どんな素敵なひな壇よりも華麗な気高い最高のひな祭りとなった事であろうと信じます。




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