目が覚めると、一面青畳が、広がる
ここは、どこだ、なんて大きな道場なんだろう
居並ぶ人達は皆、外国の人だろうか
素晴らしい道場だなと感心していると、自分が柔道着のような厚手の上着と袴を履いていることに気がつく、ここは合気道の道場か。 しばらくすると小柄なおじいちゃんが現れて乱取りが行われた。それを見学しているのは、誰だろう 俺は眼を見張った、見学していたのは、何とケネディ大統領だ。 大統領のボディガードだろうか、大柄の男たちがおじいちゃんを囲む、次の瞬間一斉におじいちゃんを 取り押さえようよ、動き始めた、スルスルと男たちの間をおじいちゃんは、抜けて逃げる。 まるで、踊りのような動きで人と人の間をすり抜ける。 男が無理矢理押さえつけようと、強引にタックルをかます、身を縮めたおじいちゃんは軽く 大男のタックルに肩を当てる、大男はまるで何か別の力に引かれるように壁際まで吹き飛んでいった。 神業と言える演武の数々を見せられた後、車座になって宴会が始まった。 皆、恰幅の良い大会社の社長たちだろう、後ろで運転手たちが控えている、神業を使っていた おじいちゃんは大笑いしながら冗談を飛ばす、今日の話題は世界の女性たち、世界中の 女性と交わった経験を面白可笑しく話している、まさに座談の名人といわれる所以だ。 「先生が始めて植芝盛平師匠とお会いされたとき、どんな印象でしたか」 「いやね、こんな小さい親父、ぜってい偽物だと思ったのさ」 「それは、どうしてですか」「まずね、あの先生には全く殺気を感じなかったのさ」 「殺気を感じない?」「当時はね、拓大に柔道の大家、木村政彦とか空手の大山とか、そんな 連中がゴロゴロいたもんさ」「皆さん、拓大出身ですね」 「大山は」もぐりだったけどなぁ」おじいちゃんはまた、カラカラ笑った。 「戦後間もなくで、街には悪い連中が溢れていた、殺気を出さなければ武道なんかできねえ時代だった でもねぇ、あの先生にまるで生きているのかわからねえぐらい威圧感や殺気がなかったんだ」 おじいちゃんは遠くを見つめるような眼をして、回想してくれた。 「始めは俺の前蹴り一発で吹っ飛ばせると思ったのよ」 「いきなり、手合わせで、前蹴りですか」 「ところが、吹っ飛ばされたのは、こっちだった」 「受けて投げられたのですか」 「受けも何も、何されたか全くわからず、羽目板まで吹っ飛ばされたよ」 先生おじいちゃんは、本当に楽しそうに話す。 「その後は、触ることもできなかった、俺は土下座して弟子にしてくださいとお願いしたよ」 「現代じゃ先生ほうが、お願いして入門を求めていますもんね」 「そんな、師弟関係で本当の武道家が現れる訳がないな」 「先生、現代ではお金を持った人が唯一勝ち組なんです、だからどんな強い武道家も、ネットや 口コミで弟子を増やすしかないのです」 「もう、日本の武道も終わりだな」 「自分の知っている本当の武道家の方はお金などより自らの技を確立する為、日夜研鑽をされています 経済的に恵まれていた時代もあったのですが、阪神大震災で全てを失い、それからは武学の向上だけを目的として塾をされております」 「そんな、人が今でも存在することが奇跡だね」 「先生の合気道が世界に広まったのは、なぜでしょう」 「なぜだろうね、時代、タイミング、環境いろいろあるだろうけどね……一番の理由は、うちの 師匠は余りに強すぎて、技の理由を宗教に繋げてしまった」 「確かに、禊ぎとか、方程式には宗教的なものが多かったですね」 「俺はそれを現代に合うように、優しく今風に直してみんなに教えたのさ」 「それによって威厳や難解な方程式が薄れてしまったことはないのですか」 「だってよう、みんなが出来なければ、どんな凄い技だって意味がないだろう、俺はみんなが そんなに努力しなくても楽しく合気を学べるよう工夫したんだよ」 「そうですか、その技の極意というものは何ですか」 俺は固唾を飲んで、答えを待った 「君のことを殺しに来た人と友達になることだよ」
download