2007年02月
佐賀のがばい、ばあちゃん
久しぶりの映画感想記今まで様々な映画を見てきたが余り、感想を書くほどの物は
なかった 最近、映画館で観たのは「愛の流刑地」
残念ながら原作には、はるかに、及ばない
もう少し、何故、殺すほど愛してしまったのか 掘り下げてほしかった
また、検事役の長谷京は完全に配役を殺していた 流刑地に行ってほしいのは
色気のありすぎる検事だろう
風邪を引いて早めに帰宅 そんなに早く寝れないだろうと観たのが、
「佐賀のがばい ばあちゃん」
「がばい」とは「すごい」とか「やばい」の佐賀弁
主人公の明広(島田洋八の子供の頃)は、貧乏で生活に疲れた
母親に捨てられ広島から遠い佐賀に連れて行かれる
祖母と二人暮らしをする少年は生きる知恵に満ちあふれたがばいなばあちゃんに
様々な影響を受けて成長していく
そこに描かれている人間模様は貧しくても明るく生きる本来の日本人の
姿であった
「貧乏には二種類ある 暗い貧乏と明るい貧乏だ うちは明るい貧乏だから
幸せなんだ」「世の中拾う物はあっても捨てる物はない」
現代になぞれば、暗い貧乏とは心が貧しいということだろう
見方を変えれば、至る所に宝は隠れている
心が暗いか明るいか 祖母は学問はなくても生きる知恵で溢れている
そして、あたりまえに出てくる庶民の暖かさ 崩れた豆腐は半額の5円で
いつもそれを、買っている ある時、崩れた豆腐がないことに気づいた
豆腐屋の親父は、わざと指で穴を開けて5円で売る
彼の事情を知っている担任の先生は母親が会いに来てくれる事を知り
マラソンを走りながら一緒に泣いてくれる
壊れた眼鏡を使っているばあちゃんを見て孫の明広は酒屋でアルバイトをして
新しい眼鏡をプレゼントする
かつて、日本にあった、あたりまえの人間愛
自分が良ければ人はどうでも良いという現代社会
いつから日本人はこんなに、汚く生きるようになってしまったのだろう
人間が人間らしく生きるための素質というものを、深く考えさせられた


