
2006年 現治指導員と共に昇段審査を受け十人組手を完遂 第一回東京大会では準優勝
翌年の東京大会では見事、優勝し中国に赴任された山本哲也さんが本日、松栄塾に復活された。
松栄塾の道場ができる遙か前、千葉県行徳駅前にあった高級スポーツクラブ「スエット」の
会員で自分が93年に国際総合空手道連盟の全日本大会に優勝したことがきっかけになり
そのスポーツクラブで「護身術 空手クラス」を開講させてもらうことになり
その初期の会員が山本さんであった。
不況の荒波を受け「スエット」は倒産、臨海コミュニティ会館で行う松栄塾の空手にも
地道に通っていただいた。
道場が開講しお忙しい国際商社マンであるにも関わらず、草創期の選手を担い多くの大会にも挑戦していただいた。2005年 ハワイの大会に優勝した後も中国との橋渡しをしていただき、北京に於ける
空手セミナーを開催できたのも赴任先の北京で地道に空手を続けてくださった山本さんの
陰の応援があってのことである。
約6年間のブランクを感じさせず、若い選手たちと組手を行う今年50歳の松栄塾戦士は
久しぶりに一般部で賑わう中に於いても本物の輝きを放っていた。
「続けることが最高の才能」
一度志した道を、どのような障害があっても生涯貫く事こそ真の漢であると心から思った。

