故落合信彦先生のご子息、現代の魔術師、落合陽一さんがコラムを書かれていました、長文ですが、引用させていただきます

父の逝去に際し,ご丁重なご弔意ならびに温かいお言葉を賜り,誠にありがとうございます.

現在,父は家族とともに静かに過ごしており,葬儀を迎えるまでの時間を穏やかに見守っております.

今週は,父を偲びつつ,心静かに過ごす所存です.

なので今週は父を悼みながら文章を書くことも増えるかと思いますが,お付き合いいただければ幸いです.何か心に留まることがございましたらスーパードライを片手にコメントでもいただければ嬉しいです.

父は毀誉褒貶のある人で,人によっては父に薫陶を受けた人もあり,人によっては眉に唾を塗りながら対応されることもありと私は人生であまり父の関わらない分野に行こうと思っておりました.

インターネット時代でいえばアンチの多い人です.アンチは厄介なので,大体人格否定から入るからなぁ,まぁ酷い話です.何をしても話半分にしか聞いてもらえないので,実績でなく検証可能な事実で判断できるものを選んだ節はあると思います.

そうなると研究くらいがちょうどいいかと思うところでもあります.アンチの武器は七光りという言葉で,私の武器は計算機科学とメディア芸術と思いつきの良さくらいでしょうか.

小さい頃から父の薫陶にあっていたこともあり,私は人々と喜びを共有するのが大好きです.サラリーマンになるな,ファンを作れ,敵も味方も多いほうがいい,は父の言葉ですが,私は30代になって柳宗悦だったり鈴木大拙だったり寺田寅彦を知るうちに政治力(エゴによる人を動かす力と権力)を使わない文化や芸術,真理の探求のうちに理系的学問と文系的学問の架橋を探し求める道を歩んでいます.

これらは父の影響も少なからずあるのかなぁと思います.

実は父が存命の間に「カノッサの屈辱」の幕末ビール維新の回を見たことはありませんでした.そこで語られる落合信彦左右衛門のお話に腹を抱えて笑いました.ハワイに行ったまま帰ってこない勝新舟と四国から出てくる坂本龍馬一,全部面白い.キリン幕府も最高です.20世紀後半の日本の裕福さを感じるテレビ番組でした.

父の仕事は断片的に存じ上げていますが,実家に多くの写真があったのでそこから感じ取ることが多かったです.

ネタニヤフ首相とは今でも手紙のやり取りがあるようで,昨日亡くなるまで,新年のメッセージなど来ておりました.他にも実家にはサッチャー元首相とのインタビューの写真やアウンサンスーチーさんとのインタビュー,アイルトンセナさんとの対談など多くの思い出が実家に刻まれています.

自分も週刊プレイボーイで連載をしているのですが,実はそれは父の影響で,父が昔世界中の様々な人々にインタビューをしていたことに起因しています.そこで例えばアップルの創業者のスティーブウォズニヤックにインタビューしている記事が出てきたりして,当時の世界における日本にプレゼンスを感じることが多々ありました.

だって,マッキントッシュが出る前のウォズニヤックにインタビューして,次のコンピュータはすごいぞ,誰でも使えるようになる,とにかくすごいものなんだ,なんてことが日本のメディアの一次情報でとれるというのはすごいことなんだと思いました.

しかし,ジャーナリズムやインタビューというのは時代の仕事です.水のように流れていくもので,あとから振り返れば記事や書籍は残りますが,時代の勢いというものは論文や作品と違って,マイルストーンが打たれることは稀,現物が残ることも稀です.

この辺は後世の研究を待たないと,一旦流れて忘れられた後に誰かが掘り返すという流れになります.父はよく働いた人だと思いますが,多くの即時的なものはその時代の中で消えていってしまうのだなぁと私も10代の頃から感じていたものです.

ドナルド・トランプさんにもインタビューしていたし,当時の世界的有名人に直接会いにいくのが父の手腕でした.私もweeklyochiaiという番組を社会科見学的に毎週やらせていただいておりますが,父の凄さの片鱗はそういうところに感じることが多々あります.

追悼で皆様があげていただいている番組の中に,日本のテレビで米国の議員と生で繋ぎ,父が英語でオーガナイザーをしながらこちらのゲストは石原慎太郎さんというものがありました.日本もこの時代はよくやったのだなぁと思いました.すごいことです.ノビーザグレート.

私は2010年くらいからメディアアーティストをしていて,2015年に博士をとってから研究室を主宰して大学教員をしているのですが,その頃から父が落合信彦ということで「胡散臭い」とか言われることが増えました.その一方で父のことを愛してくれていた人々からは父のファンです,父が自分の人生を変えましたと「好意的な」メッセージをいただけることも増えました.

どちらも自分の人生ではありがたいことなのですが(悪名は無名に勝るというのはいい考え方だとは,思います),そのキャラクターが自分につくのはなんだか違うかなぁと思いながら生きてきました.

父は「狼たちの伝言」でいえば,狼であり豚の対極にありたかった人だと思うのです.私は猫・きのこ・遊牧民(人間中心主義としてのサピエンスへの執着を緩め(計算機自然),猫の狩猟性と気ままさ,菌糸的分散とネットワーク,定在する遊牧的越境(電子芸術)を通じて,計算機自然の中で共生的存在〈Homo Convivum〉へ移行する思考実践)を標榜する人間です.(この段落情報が圧縮されて難しいので読み飛ばしていいです)

オオカミの孤高さvs猫きのこ遊牧民の緩さが私と父の違いだと思うところがあるのです,でもここに時代性もあるのだと思います.私は狼よりも猫が好きです.父は虎の方が好きだと思います.うちのトラ彦(飼い猫)は信彦や秀彦(空手家の叔父)から来たわけではなく寺田寅彦からきてトラ彦です.私はゆるくフゴフゴ言っている猫が好きです.フゴフゴの猫の横に厳密性のあるサイエンスとテクノロジー、そしてと文脈性と研究性の高いアートがあればいい.それは全部が毀誉褒貶入り混じる濁流のようなジャーナリズムとは違って,混ぜるな危険の世界を生きる私の世界観です.研究には研究のルールが,アートにはアートのルールがあり,市場には市場のルールがあり,人格の上で混ざってもそのゲームを違った場所には持ち込まずに分節しながら生きる切なさを味わうのが私の生き方です.常に分断された人間性を自分の中に抱えることにはなるのです.(これもどうでもいいか,ここは父とは全然違うところです) つまり父は一人の人間として徹頭徹尾生きていたわけです.

父が亡くなる前,誰かが私に言ってくれたことがあります.

君は落合信彦の息子と言われることが多かったと思う.それは当時の若い人が落合信彦に魅了されたということなんだ,時代を作った偉大な父だよ.今,日本の若い人の多くはその落合信彦を落合陽一の父として認識している.これは大変な親孝行なんだよ.

それを聞いたときにあまりピンとこなかったのですが,父が亡くなった今その言葉の意味がわかる気がしてきました.

人は亡くなったときにアンチだけでない本音が溢れ出すのだと思います.父にはもう聞こえていないかもしれませんが,皆様から届く温かいメッセージを私や遺族の皆は噛み締めています.

存命中は「胡散臭いとか言われるのが嫌で,落合信彦の息子という記述を消し続ける時代があった」のは事実ですが,今,父と安らかな時間を過ごす中で,皆様が人生で父に受けた様々な影響の大きさを感じ入って,父の偉大さを実感するばかりです.

皆様父のことを愛してくれてありがとうございました.

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最後に書き物を教えてくださった、落合信彦先生に青春文學賞を取ったこと、ご報告したかったです。
押忍    合掌